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タバコ

タバコの歴史と文化

改めましてkitajinです。ここではタバコの歴史について話していきたいと思います。ボクが子供の頃はタバコは日常のいたるところにあり、父親に頼まれて、自動販売機でタバコを買って釣銭をお小遣いとしてもらっていました。それが何時しか、時代と共に変化していき、嫌われ者になっていったのです。タバコの歴史を改めて振り返ってみましょう。

FilmbetrachterによるPixabayからの画像
FilmbetrachterによるPixabayからの画像

タバコの歴史①起源

タバコの起源は、一説によると、中央アメリカのマヤ族が神への供物として使われていたのが最初で乾燥したタバコの葉を火にくべて、それを吸っていたいという記録があります。

タバコは、ナス科のニコチアナ属の植物で、現在、世界で最も多く栽培されているのはニコチアナ・タバカム(Nicotiana Tabacum)という学名の種です。

宗教的儀式に使われていたタバコですが、次第に常用されるようになり、それが人々の間に広がり、様々な形態に変化して世界中に広がっていきました。

喫煙方法は民族の風習の違い等によって変わっていき、竹や動物の骨を利用して吸ったり、葉を巻いて吸ったりと文化圏、時代背景と共に変化していき現在に至ります。

タバコを広めたのはコロンブス

喫煙習慣が全世界に広がるきっかけになったのが、コロンブスだと言われています。

1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見して、原住民の吸うたばこに興味を持ったことから、彼がそれをスペインに持ち帰り、貴族を中心として大流行していきます。

そこからタバコの葉の栽培が始まり、そこからヨーロッパ中に広がっていったのです。

その後、19世紀になり、第一次産業革命と共に紙巻タバコの大量生産が始まったことで、喫煙習慣は一般庶民にも広まっていくのでした。

日本のタバコは、鉄砲とともに入ってきた

日本にタバコが入ってきたのは、1543年種子島に鉄砲が伝来してきた時に上陸したといわれています。

その後、1601年にキリスト教伝道師が、徳川家康にタバコの種子を送ったことから、タバコを医薬品と聞きつけた家康が、タバコ栽培を奨励したと言われています。

また同じく1601年に肥前国平戸(長崎県平戸市)に来航したフランシスコ会員が平戸藩主松浦鎮信に、タバコの種子を贈呈したという記録が残っています。

これを記念して平戸城跡である亀岡神社には「日本最初 たばこ種子渡来之地」の石碑が建てられています。

しかし、徳川幕府はタバコの葉を栽培することは米の作付け面積が減少すると危惧して、タバコに関する禁令を出しています。

タバコの歴史② ~庶民のタバコ~

江戸時代

江戸時代に入ると、タバコは庶民の文化にも広がっていきました。

社交の場で煙管などの喫煙道具を見せ合い、人よりも凝ったものや良いものを持つことが自慢とされていました。

酒と同様にタバコを嗜むことは“一人前”の証であり、酒やタバコを嗜んで世間との付き合いをよくすることが家業の繁栄にもつながるという考え方があったようです。

ところが幕府は、様々な理由から、しばしば喫煙禁止令を出しています。

しかし、タバコを吸う人の数が多くなり、タバコを生業とする藩も出てきたことから、1624年には禁止令が解かれて、合法化されるのでした。

明治

明治以降、たばこ税が定められると共に、たばこの栽培、製造、販売も本格化し、それにつれて喫煙習慣も更に広がっていきました。

しかし年少者にも喫煙が広がりだした為に、明治27年(1894年)に「小学校での喫煙を禁ずる」との訓令が出されました。

そして明治33年(1900年)に健全なる青少年の育成を目的として、「未成年者喫煙禁止法」が施行され現在に至ります。

やがて、明治期に入ると日本でも紙巻タバコが登場し、政府は税収入の増大を図るため「煙草専売法」により国の管理下におきました。

以来、大蔵省専売局から日本専売公社へと引き継がれ、昭和60年3月までの専売の時代が続きます。

現在は、民営化され日本たばこ産業(JT)と契約した農家のみ原料用として栽培することができ、JTは農家が売り渡す葉タバコの全量購入を義務付けられています。

昭和

戦時中


太平洋戦争では、兵士たちにタバコが配給され、戦時中の精神的な支えとなっていたと言われています。

その日の任務が終わったのちにタバコが支給され、一日の労苦をタバコで晴らしていたようです。

また、敗戦後の日本では財政不足においった政府にとって、タバコは重要な財源になりました。

しかし、極端な品不足でタバコの配給が間に合わず、外国からの横流しで闇市などで売られるようになったのです。

たばこの健康影響についての関心

戦後、喫煙率が上昇するにつれ、健康への影響にも関心が向けられるようになってきました。

1950年代のアメリカにおいて、喫煙と健康の問題に関する報告書が提出されてから、健康と喫煙に関する意識が変化していくきっかけになりました。

喫煙と肺がんとの関係についての疫学的研究が数多く行われるようになり、喫煙者が肺がんに罹り易いことが明らかになります。

また、肺がん以外にも喫煙者は口腔がん、喉頭がん、食道がん、胃がん、膀胱がんなどのがんに罹るリスクが高いことも明らかになっていきます。

世界各国でも研究が進められ、その結果、冠動脈性心疾患や慢性気管支炎、肺気腫などの病気との関連も明らかになりました。

平成

世界的に禁煙の動きが生まれた

1970年の世界保健機関(WHO)の総会において、タバコと健康に関する最初の決議が行われたことを契機に、世界各国政府に対し積極的に喫煙規制対策をとるように勧告をはじめます。

日本でも、1978年から嫌煙運動が起こり、1997年には、「厚生白書」において生活習慣病という概念が導入されてから、タバコが注目されるようになりました。

また、2002年に、東京都千代田区が、ポイ捨てに対する罰則規定を設けた『安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例』を制定し、かつ当該行為の取締を実施を始めました。

これを機に、路上喫煙禁止条例を規定する自治体が増え、路上喫煙のマナー向上に目が向けられるようになりました。

また、21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)の中で、タバコからのあらゆる保護を目的として対策が講じられるようになり、2003年5月1日に施行された健康増進法において、受動喫煙を防止する措置を講じるよう努めなければならない旨が規定されました。

さらに、2005年7月以降、タバコのパッケージには注意を喚起する表示が義務付けられるようになる等、社会としても禁煙への動きが着実に進んでいきます。

令和

2019年7月1日から健康増進法が一部改正されて、受動喫煙防止条例が施行されました。

それにより、学校・病院・児童福祉施設等・行政機関の庁舎等では、敷地内での全面禁煙となっています。

そして、2020年4月1日からは全面施行となり、多数の人が利用する様々な施設が原則屋内禁煙となりました。

また、2022年10月には、またしてもタバコの一部、増税があります。これにより、加熱式タバコが増税されました。

一体この先、タバコの未来はどうなっていくのでしょうか?

最後に

こうしてタバコの歴史を振り返ってみると、日本でもタバコの扱いが必ずしも平たんでなかったことが窺われます。江戸時代にタバコの禁止令が出ていたり、明治時代では、未成年によるタバコの健康被害が叫ばれて、禁止になったりと様々な動きがあった事は驚きです。そして、現代はタバコは完全に悪になり、健康を脅かす存在となっています。果たして、今後、タバコはどのように変化していくのか、吸わなくなっても気になるところです。

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